・「焦り」をどう受け取るかで今後の見え方が変わる

今回は「焦り」についてお話します。

皆さまそれぞれ焦る場面があると思います。仕事の期日に間に合いそうにない時、待ち合わせの時刻に遅れそうな時、多くはこのような場面で焦るのではないでしょうか?
これらに関しては理屈としては非常に簡単です。自分自身がそれまでに完成させるべきものを、完成させられない可能性があるという状況下にあり、完成させるために思考や行動よりもこころが先走ってしまっています。
心というものは実体がありません。しかしながら思念体に近いエネルギーを有しており、それを実体のある思考や体と融合させることによって、大きな力となったり、もしくは力を発揮するのを阻害したりします。今回ではそのお話にはくわしく触れませんが、焦りというものが心に関連するという点を頭に入れておいてください。

先ほどの焦りの例はきわめて目的意識がはっきりしておりシンプルなので、解決も比較的容易いかと思います。
では、こういったのはどうでしょうか?「人生」に対する焦りです。

みなさまは、こういった焦りの感覚はありませんか?
ふとした瞬間、恐怖心にも近く体が震えるようなものを感じること、周りの人たちの環境の変化を知った時に感じるもの、うまくいかない人生に対して怒りともとれる感覚を感じるもの。それらはすべて「焦り」というものに分類できます。
つまり、心が先を行っている、先走っている状態にあるわけです。

本来は自分自身の思考、行動、心はお互いが連動しているので、いわゆる自分のペースが存在し、それに沿って動いていれば、「焦る」場面はほとんど来ないでしょう。焦ってしまうということは、その連動のバランスがずれていることにあります。つまり「焦り」というものは自分自身のズレというものを表現してくれているのです。人の変化をみて焦ったのならば、行動よりも先に心がその人に追いつこうとしたり、環境を変えたい欲望を強く感じてるということです。
しかしそういった連動バランスがずれている状態では、何か行動しようとしても上手くいきにくいので、焦りを感じればまずはそのバランスを整えることに尽力しましょう。

そして、もう一つ重要なこととして焦りは、自分自身の隠れた欲望や理想像を示してくれていることがあります。ふとした瞬間にわくような焦りは、心から発するサインです。本来の自分自身ならば、もっと違う生き方ができる、人間関係や仕事ももっと別の形で、もっとふさわしいものがある、そういった類のサインを焦りという手段をとって心が訴えかけているのです。

実際に今までそういう経験をされてきた方は、その時までは比較的今の生活に満足していた、受け入れていたということが多かったと思います。しかし、「焦り」を感じたということは本来の欲求や理想像を隠していたという考え方ができます。その隠していたものが必要になってきたのでみえる場所に出す、それをしてくれているのが「焦り」なのです。
そのサインを別の解釈をすれば、変化の兆しともとれることができます。もし、よくわからないけれども「焦り」を感じたという方は、生き方が変わっていくような現象や転機が訪れるかもしれません。

そうなれば、自分自身に焦りがあったことを受け入れ、本当はどうしたいか、向き合っていく場面をつくりましょう。

 

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