・「自信」のある無しは全く気にしなくていい

今日は「自信」のお話です。
みなさまは自分自身や何か行動するときに対して、「自信」はおありでしょうか?
この自信というものは他の感情や意識するものに比べてもかなり個人差があるように感じます。何をするに対しても、自信が先行している人、逆に行動できる能力があっても自信がネックになっている方。ここまではっきりと差を感じる自己意識「自信」はさぞ、人の行動に大きな影響与えていると考えられています。

しかしながらオルムスの考え方ではそうではないという立場です。きちんとした答えを述べるならば、「自信」というものに対して価値があると思い込むことで影響があると感じているだけで「自信」自体に何か物事を動かせる能力はない、と言えます。
自信は基本的には幻想に近い思い込みです。いくらでも個人の中でどうとでも動かせますし、自信そのもをつくったり消すこともできるからです。

しかし実際に社会の自信に対する評価は総じて高く、「自信のつけ方」というキーワードがあたかも自分自身のつくりかたと同じくらい重要なものとして扱われています。確かに自信があったほうが何をするにしても思い切りのある行動がとれるからいいという風に考えることができますから、はっきりと嘘ではないかもしれません。
ですが、もし自分自身を信用して良い結果をもたらすために自信をつけようとしているならば、一度立ち止まって観察してみるのがいいと私は考えております。

人生に良い結果をもたらすためには、自分自身の見える世界に磨きをかける必要があります。そして実現に結び付けるには、その見える世界を現実に変えるための、確かな実行力、行動力が重要になってきますね。
その行動力で一番重要なのは、とにかく事実をつくろうとする姿勢です。身もふたもないようなシニカルな意見にもみえますが、基本的にはそれしかないと考えます。
実行の仕方は人それぞれですし、数をこなせば良いというわけではありません。特に私は「その人独自の形」を最重要視しているので、こうすることが正解、というものがあるとは思ってません。ただどういう形にせよ、その人にとっての理想を今の現実に変えていきたければ、冷静にそしてシンプルに、現実を変えることに注力すること、それがなにより大事なのです。

そこに「自信」というワードを持ち込んでしまうと、それがややこしくなってしまいます。変えようとしていく中で、「自信」がみえかくれすると、どうしてもそれに気をとられてしまいます。それどころか自信がある、自信がないを意識しすぎることで、本来なんの意味もない自信を主体として物事をみてしまうようになり、それの有無で自分自身の行動を決めてしまうようになります。自分自身の能力をより加速させるための「自信」が逆に能力を抑え込むものになってしまうのです。
それならば、初めから無くても何にも困りません。そもそもないほうがスムーズに事を動かせるでしょう。

以上の理由で、私は「自信をつける」ということをセッションでは意識しておりません。それよりも、自分自身そのものと向き合うことがよっぽど重要だからです。

この回ではあえて淡々とした考え方になっていますが、本質的には何が大事かということを常に念頭においておく姿勢でありたいですね。

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