・壁をつくる「私」

みえない壁というものを考えたことはありますか?
心のバリアや、パーソナルスペースのことではありません。
自分自身がつくりだした、自分自身を制限する心のリミッターのことです。

よく言われていることでもありますが、よくある例をあげてみましょう。
「私はこれをできない」「私はこのぐらいの立場で十分だ」「私はそこまでする必要はない」など、消極的な態度をとるために、それを正当化するためにつくられたものです。
人間は基本的にその人の指向に忠実なもので、いったん壁をつくればあとは意識しなくても勝手にその制約通りに行動を決めていきます。
やっかいなことですが、ほとんどの人間はその壁の中で生活をしています。

また、先ほどの例のように自ら選択したような形ならば、振り返ってみても壁を認識するのは難しくありません。しかし、実際は無意識の段階で壁をつくっていることが多いのです。
無意識が故に、日常で壁を認識することはほとんどなく、「いつの間にか」強固なものになって、自分自身の定義を小さな枠にまとめてしまっています。多くの悩みは、ある意味でその人の望んでいることが、壁の中にあり、それ故に取り出したいけど取り出せない、そういった状態から発生します。

この壁の要因ですが、一つだとは言えません。なにか大きな心のショックが引き金となることがあれば、日常のなかでいつの間にかつくってしまったものなど、いくらでもあげられますので要因はその人にフォーカスするしかありません。

しかし、何故壁がつくられるのかというのはシンプルに答えられます。
「その方が社会の中で生きやすい」からです。
社会生活をおくるには隠さなければいけないこと、合わせなければいけないことがあり、それに適応させようとするために手っ取り早いのが「壁」をつくることなのです。
壁の中で人生を選択すれば間違えても大した問題にはならない、生き残るためにはこの壁の答えを受け入れていけばいい、知っても知らなくてもそうやって安定させようとしていきます。

しかしながら、本当にその人オリジナルの人生を歩もうとするならばそれは安心の壁ではなく、障壁でしかありません。
壊そうとするなら、まずは徹底的に壁を認識するところからはじめます。壁がどの場所にあるのかわからないと壊すことができませんからね。
そして、大事なことは壁がなくても、社会でもどの世界でも自分自身は受け入れられ、生きていけるということを受け入れていく過程です。

その人そのものであることがベストな状態であって、合わせることが良いというのは幻想でしかありません。
そうやって少しずつ認識、受け入れをしていくことによって壁を脆くしていければ、自然と自分らしい生き方をみつけることができます。

私らしさ、日々の中でみつけていけたらいいですね。

 

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