・今が本当にやるべきタイミングだろうか?

 

今回は本当にやるべきことはいつでもやるべきことなのかというお話をします。

人はいつでも何らかのやるべきことはありますね。仕事は締め切り日までに間に合わす必要がありますし、家事も定期的にやらなければ家の快適さが維持できません。また趣味であったり、将来に向けての勉強や何らかの行動といったこと等々、いくらでもやるべきことはあります。
そういう風に考えるといくらでも出てくるので、確実に行動に移すことが重要だと思われています。実際にできる人間は「今やれる人」というのが現代の考え方です。とにかく行動は先手先手を打ち、素早く量をこなすというのが一般的な解釈であると思います。

ただ、それを最近では妙に拡大解釈され「何事もとにかく行動する、前進させる」これが至上命題だと言わんばかりの勢いです。寸暇を惜しんででも「価値ある」何かをしなければならない、そうでないといけないという風潮が世の中を包んでいます。

しかし、私はこの風潮に疑問を抱きます。
なぜなら、前に進めるための行動力に対して、それを支える裏方のような影の存在が必要となるからです。結果を出すための表舞台の仕事では、裏方の長い準備作業が必ず入ります。むしろ、そのみえない作業が結果を出せるかの決め手となるのです。

個人に置き換えても同じことが言えます。何かを実現させるため、前に進めるために行動力を発揮させることは表舞台での分野だといえます。そして今の風潮ではこの「表舞台」ばかりに焦点を当ててしまっています。つまり準備もできていないのに結果をだそうとしているというわけなんですね。
では、見えない「裏方」の部分はどういったものでしょうか?
例えば、何かを行うための勉強はそれにあたりますね。他にも読書や手を止めて考え事をしたり、計画を練ったりするのもそうだといえます。また、私はこういったものも裏方として大事なものだと考えています。友達とおしゃべりをする。休みをとって一日寝る。ぼぉーとした時間をだらだらと過ごす。特に利害関係に結び付かない趣味をたしなむ。

これらのような、影の「裏方」の部分と、「表舞台」の部分のバランスがとれて初めて人は最大限の能力を発揮し、かつ効率よく物事を進めることができます。
なぜこういう話をするかというと、多くの方々が、人生を前に進めようとしすぎて肉体的にも精神的にも参ってしまうということが起こっています。

その原因は圧倒的な「裏方」の不足です。現場での経験や、勉強を熱心にしていたとしても、それを本当に能力として活かせるようにするためには寝ることが必要不可欠です。寝ることによって記憶を整理し、覚えた知識を効率よく引き出せるようにするからです。
さらに、限られた時間で何かを成す為には動きながら行動することが大事ですが、それを支えているのは机上の世界、つまり現場に入る前の計画や思考によるものです。
また、おしゃべりや趣味に没頭するのも、一見ただの時間の浪費に見えますが、これも実に重要なことです。やるべきことから離れて全く違う自分自身を体験することによって、より多くの視点から物事を眺めることができ、本質を見極めやすくなります。
皆さんは、しばらくやっていなかったことを久しぶりにやってみたら感覚が今までと違い、以前より上手にするための方法がわかった、という経験はありませんか?
それと同じことで、無意味とも思える時間があってからこそ、有意義な時間を多角的にみることができるわけですね。

一度前提のお話に戻りますが、「今やるべきこと」は今やるべきです。それは間違いないと思います。ただ、本当にどれもこれも「今やるべきこと」でしょうか?世の中の「表舞台」はほんの一瞬の話なのです。
ほとんどの空間、時間が「裏方」の準備にあるのです。長いながい準備期間が結果として花を開かせているのが、世の中の仕組みです。

もし人間目線でも全く同じだとすれば、「今やるべきこと」なんてほんの少しなのです。
「裏方」の世界に比重をおき、精神的に体力的にエネルギーを満たし、豊富な知識や先を見据えた計画を整理された頭脳で動かし、ここぞという場面で行動力を発揮してこそ、確かな結果が生まれます。
その順序を守っていくことがバランスの良い人生をつくる為に「今やるべきこと」よりもやるべきことではないでしょうか?

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