・失敗は良い経験なのか?

 
こんにちは。
今回は「失敗」をテーマに書いていきたいと思います。
皆さんは最近どういう「失敗」をされましたか?
生きていれば必ず何らかの「失敗」に遭遇することがあります。言い換えればこの「失敗」をどう受け取り、処理するかで後に大きな影響を与えられるでしょう。

ここで一度「失敗」とは何かをオルムス視点で説明します。
何か行動する際に、目的の道筋の中で何らかの問題が生じ、ゴール地点へ行くのを妨げる要因のこと。
という感じです。
例えを挙げると、料理をするとして、ゴールはそれを出来上がらせることや、人に食べてもらうといったもので、その過程で焦がしたり、分量を間違えたりすることを「失敗」といいます。
その「失敗」を経ることで、火をかける時間を計ったり、軽量カップを使うといった、しっかりゴール地点へ向かえるようにするための工夫をします。

なぜ、今更こんな説明をしているのかというと、最近この「失敗」に関して気になる意見を耳にするからです。
「失敗」というのをどうとらえるか、という話題では一般的な大方の考え方はこういう感じです。
「失敗は糧であって、それを経験することで人間をもっと成長させることができる。」
確かに、失敗によっては物理的にも精神的にも取り返しのつかないようなものもあり、「次がまたある」といくら言われたとしても、元通りに立ち直るなんて無理だと感じることもあります。もちろん、それでも再び挑戦するときは何らかの形で必ず来ますし、元通りではないにせよ、失敗を別の形で活かして、新しい活路を見出すこともできます。いづれにせよ、失敗をいい方向に消化していくことが「生きる技術」というべきなのは間違いないかもしれません。

しかしこういった意見はどうでしょうか?
失敗しちゃったけど、これも良い経験だと思えばいい、失敗も笑い話の一つ。むしろどんどん失敗しよう、それでこそ人生はおもしろい。こういった風潮ですね。テレビやネットしかり、本屋さんの自己啓発のコーナーでもこういった文言をよく目にすることがあります。

これは、はっきり言って少しおかしいのではないかと思います。
「失敗」はあくまでも「失敗」です。どんな形であれ、本人になんらかのダメージがあるものです。間違っても、称賛するものでもなければ、自らそれを目指すものでもありません。始めの説明の通り、失敗は何らかの問題が生じることであり、解決しない限り、その人の邪魔をするものになってしまいます。

「失敗していい」という意見も、失敗を恐れず挑戦している自分を褒めていこう、元々はこう言いたかったはずです。それに「失敗」は恐いものでもありますから、こういう風に考えることで少しでも「失敗」を軽くしようとしているのかもしれません。しかし、いつの間にか「失敗」にフォーカスが絞られ、それが主役になってしまっています。

オルムスのブログではたくさん言われていますが、いつだって「本質」を間違えてはいけません。
「失敗」は何かを行おうとした結果、生じるものであって、修正しない限り、障害となるものです。
それを目指してしまうということは「失敗しかしない体質」の人間を目指しているのと同じことです。考えれば考えるほどおかしいですね。
もし、何か失敗して、「次があるさ」と思えるくらいならセーフですが、当たり前のように「いい経験ができたな」とまるですばらしいことが起こったかのように考えていれば一度立ち止まって考えてみてください。あなたが目指すのは「失敗」ですか?それとも、自分が目標にしていた「何か」ですか?

「失敗」は恐れる必要はないけれども、「称賛」すべきでもない。あくまでもそれが生じた原因を見つけて修正し、よりゴールに向かいやすくするための道具のようなものです。ぜひ、あなたの「失敗」について振り返ってみてください。

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