・「良い」を過信しないためには

こちらは以下の続きです。

「良い」と思うことを逃げ道にしない[前編]

前回の話では、「良いと感じること」が必ずしもいい結果をもたらさない。それどころか「良いこと」をしているからという過信によって、自己認識が変わりにくい存在になり、「悪いと感じること」を変えていくことよりもずっと厄介で、大きな問題をもたらすきっかけになりうるというお話までしました。
そして今回はその「良いと感じること」がよくない結果を招いた時、どうやって事実を受け入れていくかという思考法についてお話したいと思います。

そもそも、前回の二つの例は少し特殊なだけで、実際に「良いと感じること」が頻繁に悪影響を与えるわけないと思えるかもしれません。しかしそれをあえて見直してみる、というのが今回のテーマでもあります。日常生活の中に実はいろんなところで存在しているかもしれません。

例えば、「運動とリフレッシュのため仕事の後は毎日ジムに行く」という人がいれば、一度考えてみてください。本当にそれが体のために良い結果をもたらしているのか?毎日行って実は無駄な疲労を蓄積させているのではないか?行くのが本当はしんどくても、毎日行くという目標をやめたくないから意地になってるだけではないか?

次に「子どもに安心安全なものを食べさせたいから必ず手作りの料理しか与えない」という人がいれば、毎日料理をつくらなければいけないというプレッシャーとストレスで精神的に不安定になり、かえって子どもに悪影響を与えているのではないか?外食をしなくなったから、子どもが友達との食べ物の話についていけなくなっているのではないか?安心安全なものを食べさせたいだけなのに、いつのまにか手作りのものという風に問題がすり替わっているのではないか?

などなど、なんでも構わないので自分自身が「良いと感じている」ことに対してあえて突っ込んだ質問を自問自答してみてください。必ずしも問題ばかりがみつかるのではなく、それをきっかけにもっと良い結果をもたらす方法を思いついたりすることもあるでしょう。

人間は様々な経験をしていくなかで、世の中の見方も当然変わってきます。その見方の変化に合わせながら生き方を見直していくことで、自分自身らしい人生がみえてきます。当時「良いこと」と思っていても、今見直すと全然違ってみえてくるということも、おかしいことではありません。
そういった意味でも、改めて大事なことは「良いと感じている」から「良いこと」が起こるわけではないということです。あくまでも「良い」という主観と事実は異なります。「良いから正解」と固執するのではなく「良い」という当たり前に対して「?」を投げかけられる状態でいるほうがずっと健全な状態です。そうした認識を常に心がけてみてください。

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