・壁は必ずしも高くある必要はない

巷ではより目標達成できる自分自身のため、より良い社会生活を送れるようにするためといった理由で、マインドをつくるといったことに高い関心があつめられています。そのマインドづくりをオルムス視点からみていきたいと思います。

「前向きになろう」「私はこの課題を必ずクリアできる」「5年以内に年収1000万円を超える」「積極的に社会貢献できる人間になる」……etc

マインドづくりでは今までとは違う自分自身をつくるためにこのようなことをイメージし唱えたりして、「脳」に「私は~こういう人間である」と認識させます。そして、「脳」は結果の世界、つまり現実の場面でもそうなるよう実現させようすることを目的としています。

しかし、そのマインドづくりのための目標がかえって足かせとなることもあるのです。

理想の自己像をイメージするとき、自分自身が「特別」だと感じているものをそのまま当てはめようとします。
一つ例をあげると、収入の理想像をつくるという場面では「年収1000万円以上」に設定する人が他の金額より明らかに多いのですが、それは桁が一つあがるボーダーラインとしての「特別さ」を感じているからです。

その「特別」であるが故に私はこうなりたいと思うのはとても大事なことですが、「特別」であるが故に、いらぬ問題をつくってしまうことがあります。

先ほど「脳」にあるべき自分自身を認識させると言いましたが、「特別」な事を実現できる「私」になりたいと強くイメージすると同時に、「特別」であるが故にそれはとても難しいことだ、と無意識のうちに実現に対しての壁を大きくしていっているのです。

例えば、「年収1000万円」と同じように「年収999万円」をイメージしてみてください。
どうでしょうか、金額はほとんど変わっていないにも関わらず、後者のほうが明らかに簡単そうに見えて、反対に前者がとても重く感じませんか?
なぜなら「年収999万円」は「特別」ではないからです。特に意識したことはないため、障壁と感じるものがないのです。

こうやってなんでもないところで人間は当たり前のように「特別」をつくり、同時に敷居を高くしています。それは実のところ結果とはほとんど変わらない場面だけです。

確かに、目の前の壁を越えていくということに人間は大きな意欲を抱きます。だからこそ人生は楽しい、そういう一面もあります。
しかし、わざわざ壁を自分自身の手で高く積もる必要はありません。その壁が思ったより低ければさっさと通り越して次に進めばいいだけの話です。

結果を出せる「マインドづくり」は「特別」である必要はありません。なぜ自分自身は「こうありたい」のか、常に意識できるようにしていきたいですね。

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